一番星みつけた(歯科学生の日常)

北海道生まれ、北海道育ち
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2014.07.14 Monday

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2013.04.01 Monday

大藪集落(1)

先日探索した北九州市の南に位置する

「大藪集落」について書きたいと思う

なかなか落ち着いた時間を取ることができず

書きたかったけれど、書けなかったのである



この間は、呼野鉱山跡から金辺隧道を経て

田川から、車で少し走った

大藪集落は北九州市添田町に位置した

“高度過疎集落”で

平成18年の地図では五戸になっていた

今回、実際に行ってみて

戸数も五を下回っているような感があった

“廃村”一歩手前といった雰囲気だった



苔むした、良い雰囲気の神社

何という神社だろうか?

名前を記した物は見受けられなかった



鳥居が真っ二つに割れていた



神社の横には「忠魂碑」と刻まれた立派な石碑が



かつては、この大藪集落からも戦地へ赴いた

将兵がいたということだろう



階段を登り、参拝

比較的新しい花が添えられており

集落の人が今も参拝していると思われる



他にもいくつかの祠が



猿田彦を祀る石碑

猿田彦はニニギ尊が高天原から

高千穂へ天降った際に

先導した国津神と伝えられている



神社を後にして、しばらく進むと



怪しげな坂があったので

そちらに進んで見た



私たちの最終目的地は

大藪集落に残された小学校の廃校舎

「廃墟検索地図」というサイトの

リンク先に訪問した記録が残されていた⇒
こちら



そのサイトでも、こんな坂道を上ったと回想していたため

この坂を登れば廃校舎があるだろうと

誰もがそう信じた…

だが、小学校は姿を見せず

いくつかの廃屋が立ち並んでいた



道なき道を、坂を、森を歩き

ヘトヘトになっていたので

この汲み取り式便所が開けっ放しになっていた廃屋を

腹いせに「うんこ家」とあだ名をつけた



この「うんこ家」を中心に

あたりを何度も捜索したが

それらしいものは見つからず…



最終的に、この「うんこ家」が

小学校の廃校舎?という説まであがったが

やっぱり、ただの廃屋だった



「うんこ家」の郵便受けには

こんなハガキが見受けられた



二時間にわたり、周囲を探索したが

小学校跡は見つからず

我々はついにあきらめることにしたのだった



つづく





2014.07.14 Monday

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2017/08/12 12:43 AM by sady

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