一番星みつけた(歯科学生の日常)

北海道生まれ、北海道育ち
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2014.07.14 Monday

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2013.03.28 Thursday

敵上陸に備えよ!軍都小倉の面影 (1)

今日はとても天気が良かった

板櫃川の桜も満開だ



それでも、花よりだんご(笑)



28日ということで、とりの日パックを注文

トンヌ先輩からいただいた商品券で購入



そして、腹ごしらえを済ませた上で

今日の目的地へ向かった



今日の目的地は

かつての「下関要塞地帯」の一角を担っていた

「富野堡塁跡」と「手向砲台跡」

そして「矢筈堡塁跡」の三箇所であった



当時の小倉は森鴎外が赴任(左遷?)された

ことでも有名な、第12師団の司令部があり

また、八幡製鉄所が工業

門司・下関は海運を担っていたため

わが国にとっての重要拠点だった



その関門の防衛の任を担っていたのが

「下関要塞地帯」だったのである

日露戦争の頃までは

敵の上陸に備えた沿岸防備が任務だったが

大正時代に至るまでに

そのほとんどが実戦で使用されることはなく廃止され

引き続き一部の設備が増強されながら

関門の防空の任にあたり

大東亜戦争終結まで北九州の空を守り続けた



ということで、まず「富野堡塁跡」へ行ってみた

富野山からの眺めは絶景だった



小倉の街が一望できた



ちなみに砲台は対艦用のものを指し

堡塁とは陸戦用のものを指すのだという



敵上陸にあたっては

街を見渡せるこの山の上が

戦略上、必要だったのだろう

現に、富野堡塁の一部は

現在も陸上自衛隊の駐屯地がおかれている



「富野堡塁跡」は

山頂にある老人ホームのところにあった



駐車場のところに、倉庫の跡が!



駐車場の裏に、出入り口がブロックで防がれた倉庫があった



そこから、すこし歩いて

柵を越えていった…

茂みの中に、どうやら

倉庫郡が見えてきそうなのだった



つづく


2014.07.14 Monday

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2017/08/09 1:44 AM by サディ

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